オースティン俳優会
第二十三回臨時会合 議事録
出席者①:テイラー・キッチュ
出席者②:ガブリエル・ルナ
出席者③:グレン・パウエル
ゲスト①:マイルズ・テラー
ハウディー!
みんな元気かな。僕はガブリエル、ガブリエル・ルナ。
今回の臨時会合の議事録を担当させてもらうね。僕は生まれも育ちもテキサス州オースティンで数年前からこの俳優会にお邪魔させてもらっているけど、まだまだ中堅どころってところかな。キャリアはそこそこ頑張っているけれど、ご多分に漏れず、ここでもベテラン勢が結構すごくってさ。
で、今日のメンバーは同世代のテイラー・キッチュ(彼はカナダ人ではあるけれど、長らくオースティンに住んでる名誉会員だね。未だにこの街のみんなは彼をティム・リギンスって呼ぶことの方が多いんじゃないかな)、それから僕と同じく生粋のオースティンっ子であるグレン・パウエル。
ちょっぴり悪戯っ子だけど、屈託なくよく笑い、よくはしゃぎ、ご家族と生きとし生けるものすべてを愛する賑やかなカウボーイ君だ。
今日は少し、緊張しているように見えるけど、大丈夫かな?
そして、そのお友達。
の、ように見える。
若手の準Aクラス、もしかしたらそろそろAクラス入りかな? とも噂されるマイルズ・テラーくんだ。
ようこそ、オースティンへ。こんにちは!
音楽が好きなんだよね? この街はまさに音楽の街、僕に言わせればセント・ルイスにもナッシュビルにも負けないぞっていうところなので、楽しく過ごしてくれると嬉しいな。
「おまえ、本当にマイルズ・テラーか?」
と、まあざっと今回の臨時会合の出席者について説明させてもらったけど、どうしてこの会になったのかは言ってなかったよね。
残念なことなんだけど、もうすぐテイラーがオースティンからモンタナに旅立つんだよ。彼は最近数を減らしつつある野生の狼の保護活動に熱心で、フィールドワークなんかも結構行ってるんだよね。冬になるとすぐに携帯の圏外に行ってしまうし、とにかく引っ越しの前にちょっとお別れ会みたいなのを開きたいとは思っててさ。結局それ自体はベテラン達が盛大に企画することになったんだけど、まあ、僕らは共演もしたし、若手のリーダーみたいなものだったから内々でちょっとおしゃべりしたいね、ってことになったわけ。
そうしたらグレンがテイラーに聞きたいことがある! って彼にしてみたらびっくりするぐらいの勢いで食いついてきたんだ。
グレンは誰に聞いても賑やかで愉快な男、っていう評価が返ってくると思う。それは百パーセント合ってるんだけど、僕らから言わせれば全然情報が足りてないんだ。仕事に対してはかなりストイックだし、仕事場で相応しい時間以外にふざけたりなんか絶対にしない。彼のプレミアでの態度、見てみるといいよ。
どのカメラにも必ず正面のスマイルを提供してるからね。僕も実はちょっと真似させてもらっている。それからかなりカメラマンたち、メディアたちとの関係は良好だ。ありがとう、グレン。
あとねえ、だいぶ、協調性があるんだよね。僕が今日はパーティーにしようと言えば、パーティーに相応しい振る舞いをするし、テイラーが保護活動に関して困ってることがあれば、彼も一家でアニマル・レスキューに積極的なものだから、喜んで協力を申し出る。ベテラン勢がテキーラパーティーを望めば、四百人の出席者を集めることだってできる。やっちゃうんだよね、彼は。
望まれたものをお返ししたいタイプ。
頼もしいし、頑張り屋さんは応援したいけれど、ちょっと心配かなあ。
だから、そんな風に自分から動いて、お友達も連れてくるなんてお兄さんとしてはびっくりしたし、それならってはりきってるっていうわけだ。
ただ、ちょっと。
今のテイラーはホラー映画の序盤から中盤に差し掛かるあたりの、主人公が恐る恐る、ありえない事象について核心を突く、そんなシーンみたいな顔とセリフを披露してくれちゃってるわけだけど。
「テイラー? なんでそんな雪男見たみたいな顔してるの?」
マイルズが来るって話をテイラーにした時、まず彼は信じなかった。
曰く。
マイルズは共演者として問題がない程度のコミュニケーション力を持っていて、それを前提にはしながらも、すこぶるつきのマイペース男だった、と。まあ、テイラーもだいぶ、だーいーぶ、マイペースだけどね。テキストの返事は意味のわからない長文だったり、かわいい絵文字がいっぱいだったりするし。今ではだいぶ解読できるようになったけどさ。彼の狼絵文字コレクションはすごいよ、今度見せてもらうといい。
で、マイルズとは良い関係で共演したし、今も会えば演技や仕事の話で夜を明かすぐらいではあるにしてもプライベートでの付き合いは全然なかったんだって。同じく共演者のジョシュ・ブローリン氏が夢中になっているようなSNSを通じてのやりとりもなかった。彼の飼っている犬はたいそうかわいい、という以上の情報は入って来ないもん、ということらしい。
だからテイラーはたぶんまだここにいるのが彼の知ってるマイルズ・テラーではない、と疑ってるんだよ。
ほら、テイラーはちょっと、グレンとは違う方向でピュアだからさ。言うと怒られるから言わないけど。
「ギャビィ、雪男はいるとして、だ」
また力入れてる、と人差し指でテイラーの眉間に触れて、テイラーの発言をちょっとスルーしつつ、グレンとマイルズの方に顔を向けた。あらら、こんなに顔が強ばってるグレン見るの初めてだよ、どうしちゃったんだろ。
「チェイスとかエミールとかと仲が良いのはわかるけど……」
そう、この二人は共通の友人も多いし、不仲というわけでもない。何ならたぶん業界人とあまりつるまないテイラーからすれば親しい方なんじゃない?
でも、驚いているし、グレンは緊張している。
他の面子を呼ぼうとした僕に「マイルズは人見知りなんで……」と言ってたけど、今日に限っては君の方がよほどそう見える。マイルズはばくばくとテーブル上の食べ物を端から順に食べていたもんだから、随分と余裕だなと思ってたよ。
おかわり?
どうぞ、今日はテイラーのお財布があるからね。
「なあに、テイラー。これって、あれ? 娘はおまえのような男にはやらん、っていうそういう審査?」
「え!?」
テイラーは大きな黒目をさらに大きくして目を見開いたし、
「マイルズ!」
グレンは大きな音を立ててその場に立ち上がるし、
「そうじゃないの? チェイスとエミールから話し聞いてるなら、まあ、それもわかるけど。まあまあ、お騒がせだったしね、俺」
頬を脹らませた顔はまるで坊やで、甘やかしてやりたくはなるけれど、喧嘩が始まるんじゃないかと青い顔をしているグレンを見るとかわいそうで、まずは交通整理してあげないとな。
オースティンっ子は基本はのんびり、おっとりだからねえ。
突発的な緊張感は正直ちょっと苦手だよね。わかるよ。しかも、テイラーとマイルズは旧知だったし、仲も良かったらしいからね。だから、きっと今、君はこう考えている。
どうしてこんなことになったんだろう、俺のせいかもしれない。
ってね。
君はそういうところがあるものだから、みんなちょっとお節介になっちゃうんだよ。大丈夫だよ。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
で、テイラーも、友達にぎろりと睨まれることには慣れていないわけで。
「じゃあ何?」
「た、ただ、その、えーっと……ギャビィ?」
はいはい、僕の出番だね。テイラーもそんな悲しそうな顔しないの、喧嘩じゃないんだから。
マイルズくんとやらも、スラッシャー・ムービーの犯人じゃないんだから、落ち着いて。誰も君とグレンの仲(については後で話してもらうとして)を引き裂こうとはしないんだから。テイラーも狼よりも君が怖いと思ってるんじゃないか?
イージー、イージー。
「ついつい弟分はかわいがってしまうし、自分の知ってるマイルズと今日の君がだいぶ違うみたいで、テイラーも驚いているんだよ。ただ、それだけ」
ね? と、促すと大きく二度ほど頷いて、もっとうまいことやれてた、と言うテイラーにマイルズは苦い薬でも無理矢理飲まされた顔になる。
おや、君も自覚あるんだね。マイペースを守るための態度の線引きっていうのはあって、マイルズはそれが上手だった、とテイラーは言っている。
えっと説明してなかったけど、片っ端からテーブルのものを食べながらマイルズがしてたのは、すぐ隣のグレンの顔をじーっと見つめたり、覗きこんだり、テイラーがグレンの好物の話をすると睨んだり、僕がグレンに近況を聞く時に身を乗り出したら、彼のシャツの裾を引っぱるだとか、そういうことをしていたから。
テイラーは「おまえ誰?」ってなったし、僕は「おやおや〜」ってなったんだからね。
この情報は必要だったね、追記しておこう。
「グレンはさ、俺たちに紹介したかったんだよね?」
「うん。ほら、テイラーもうモンタナ行っちゃう……から」
でも、弟分の困った顔は見たくないから、ここでちゃんと仕切り直ししないとね。テイラーは慌て出すし、マイルズはまだまだ面白くなさそうな顔をして、鼻を鳴らすし、楽しいバーベキューのテーブルが台無しになる前にさ。
「……つまり、二人はお付き合いしてるってことを俺たちに報告したかったってことで、いい?」
「うん、そうだよ」
即答したのはグレンで、テイラーはその展開を少しも予想していなかったのか、大きな目が落っこちそうなほど見開いて、驚いている。
ただ、少し照れてしまったのかグレンは少しだけ顔を外に(何もない通路側に)向けた。
「それ、やだ……」
その瞬間(驚いた顔のまま)マイルズがいうので、グレンは「うん?」とマイルズに向けて首をかしげる。
ええと、これは、なかなか。
面白がっちゃいけないけど、面白いな?
「……グレンがテイラーに俺のこと聞きたいって言うから。教えてやってよ」
頬を膨らませて面白くなくてたまらないって顔のマイルズにテイラーは僕とグレンとマイルズの顔をそれぞれ三秒ずつぐらい見つめて、
「俺の知ってるマイルズはそりゃもうめちゃくちゃマイペースだけど、印象よりは真面目で……」
悪いようにはしない、という方向性で行くことに決めたようだ。そうだね、僕も賛成。
「あ、それはわかる」
グレンの調子が戻ってきたのがわかった。そうそう、君はいつもそういうお日様みたいな顔で笑ってて欲しいからね!
「そう、真面目なもんだから、不機嫌になることもあるけど、それは真剣ってことだし」
空き時間にはいつも踊ってばっかりだけど。
「本当に、何の音楽でも踊るから、俺も降参って感じ。スーパーマーケットの店内音楽ですら!」
俺だって踊る方なのにさ、と喉を鳴らして笑うグレンを見る、マイルズのまなざしは「恋人」を見るそれというより、眩しくてたまらない、宝物を見るそれみたいだな。
ふむふむ。
どうやらまだ恋は成就したばかりと見た。
「付き合いはじめたのは、撮影終わってから?」
今度は僕のターンだ。
だいたいのハリウッド俳優は、その名の通りロサンゼルスに住むもんなんだよ。だから僕たちは特別ぶってこういう風に集まるわけで。
だから、おそらくマイルズもわざわざここにやってきた。ロスにだっていくらも美味しいバーベキューの店はあるだろうのにね。
それは、きっと。
こういうわけなんじゃないかなあ、ねえ、テイラー?
「だいたいそんな感じ」
また答えたのはグレンだ。
マイルズが言葉を探しているのはわかった。そうであれと願っているのに、あんな風に束縛まがいのことを隠しもしないのに、その事実を自分で肯定する勇気がない。よそ見はやだ、なんてわがまま坊やみたいにふるまっておきながら、そこだけは殊勝だ。
よし、テイラーもわかったね。
君のお友達にも似てるなあ、なんか。
今だって気負いなく答えてみせたグレンを驚いた風に口をぽかんとあけたままのちょっと間抜けなというか、子供みたいな顔で見ている。想定してなかったんだねえ、君は。
先輩たちを味方に別れ話をされるとでも思ってたみたいだ。
だからちょっと強がって見せていたのかな?
「なかなか公開できなかったから、マジ……落ち着かなかったりしたんだけど、マイルズが……よく電話くれたり、ダンス動画とかかわいい犬の写真とか送ってくれたからさ、やりすごせたんだよね」
「優しいな」
たしかにあの子犬はかわいいし、とテイラーは笑う。
「子犬じゃないよ、テイラー。あの子はもう大人!」
ふふふ、とグレンは笑って、テイラーは「わかってる」と肩をすくめる。どうかな、ちょっと怪しいところあるんだよな。
「……泣きそう」
しかし、僕達の大事なゲストはこの反応だ。
「え、何で!?」
グレンは慌てて隣のダーリンのおぼつかない顔を覗き込む。瞬きがゆっくりなのは、目に力を入れて涙をこらえているからだ。
演技だったらもっとうまくやれる、それが僕たちだからもう何だか胸が熱くなってきたよ。
「……人前で振られてやろうとでも思ってたんだろ」
テイラーがあきれた声で言って、そういうところは慎重すぎるんだよ、と肩をすくめた。
「え、え?!」
俺たち付き合ってんだよな?!
俺、間違えてた?
声をひっくり返して隣の弱気な坊やにまくしたてるグレンにマイルズはしどろもどろだ。
曰く。
俺は大好きだけど、グレンしかいないけど。
でも、でもグレンは。
だって、俺は、俺は……!
なんて言ってもうめちゃくちゃだ。山ほど受賞している演技派が笑わせてくれる!(これは悪役っぽく読んで欲しいな)
「なあ、マイルズ。おまえのらしさは、空気読まないぐらいマイペースなところだろ? 我慢なんかするな」
グレンなら大丈夫だ、とテイラーは笑う。そうだね、僕もそう思う。
言ったろう? 生きとし生けるものすべてを愛する男だよ?
その子の一番になりたかったら、一番わがままに一番の愛情を注がないと。
「グレンもちゃんとわがままを言うように!」
「そうだね、それがいいよ」
あとでこっそりマイルズには教えてあげよう。グレンが「知りたい」って誰かに頼みごとするなんて、めったにないことなんだよって。誰とでも最高にご機嫌に仲良くなれるんだよ、グレンは。
そんな彼が努力しようとするなんて、君はもっと自信持つべきだよ。
まあ、調子に乗って泣かしたりなんかしたら、オースティン俳優会が黙っちゃいないけどね。
大丈夫だって信じてるよ。
じゃないとテイラーが狼の群れとともに山から降りてきちゃう。
それはそれで見たいけど。
「……あとでちゃんと言うから、もう泣かないでよ?」
みんなの前じゃ恥ずかしいと言い放ったグレンはようやく食べられる、とばかりに目の前の肉に意識を移す。それが照れ隠しなのは誰にでもわかることで、マイルズもようやくほっとしたのか、頬を真っ赤にして、それはそれは嬉しそうに笑った。
テイラーは思わずそんな彼を写真に撮り、だれかに送ったようだ。
二分もしないうちにマイルズの電話には着信があって、テイラーは思い切り脛を蹴り飛ばされていたけれど。
今夜の宴ははじまったばかりだ。撮影秘話とまでは無理でも、そうだね、マイルズくんが僕たちのグレンにいかにして恋に落ちたか、そこらへんをたっぷりと聞かせてもらわないと。
それから表彰式だ。
奇跡のグレンの一等賞になった君に。
僕らからエールとテキーラ一か月分ぐらいを送ろう!
「テイラー! 何人に送ったんだ!」
「俺にすごんで見せた罰だ!」
みんなの知らないかわいいマイルズの共有に、グレンは珍しいしかめっ面だ。
いいね。
そう、それがやきもちだよ!
二人であとで答え合わせをするといい。ただ、まあ、その時はモバイルの電源をしっかり落とすこと。居場所を知られないようにすること。大御所にまで伝わると部屋にボンゴだかコンガだか抱えて乱入してきかねないからね。
気を付けて!
それから、お幸せに!
「いい夜になったな~」
僕ののんびりした声にグレンは機嫌を直して、ふにゃりと笑って。
マイルズの腕がするりと彼の腰に回った。
うん。
本当に良い夜だ!