Deep in the Sky/unfinished
なあ、ハングマン。
最近、俺考えることがあるんだよな。
あんなことがあったからってわけじゃなくて、いや、あったからってのもあるとして、こうして同じ隊に配属されるようになってさ。
俺達なんか、もう少し良い感じに仲良くなれるんじゃないのかな、とか。
もう少しがっつり話とかするようになった方がいいんじゃないのかな?
とかさ。
しょっちゅう考えてるんだよ。
マジで、ちょっと他にないみたいなさ?
いい感じになるんじゃないかなって。何ってその、二人の関係がさ。
一年と八ヶ月も経っているのに、「俺達の関係」イコール「今までの関係」マイナス「煽り煽られ」ぐらいしかないのは、ちょっとした異常事態って言えるんじゃないか?
まあ、俺は。
俺は、そう思ってるんだけど。
おまえは、どう思う?
もっと違ったやり方があると思わないか?
なんてことは言えるはずもなく。
俺は、誰も見ることはないだろう場所で、口角をぐっと下げ、どうにかため息を飲み込んだ。
今日も同僚Aと同僚Bとして、ハングマンとの関係をどうにかこれ以上離れてしまわないように鋭意努力を重ねているのだけれど、日に日にその間にある関係のつながりが薄くなっているような気がしてならない。
コネクションなしで(たぶん、おそらく、ないよな?)ハングマンと同じ部隊に配属されたのは一年と少し前だ。リモアに行くように、と告げた上官を思わず肩に載せて走り出してしまいそうなぐらい、白状するなら、俺は浮かれていた。
ただ、それまで何とはなしにやりとりしていたテキストは、その日からもっと頻繁に親密になるはずだったんだけれど、喜び勇んで報告した時には『なるほど、よろしく。編隊長殿』という返信があり、結局他愛のないやりとりすらなくなってしまった。
毎度俺が編隊長になるわけではないが(ハングマンの時もある)、そうでない時は俺は待機組になることが多く、結局俺とあいつは「編隊長とその僚機」という形の「同僚Aと同僚B」として、一年と少しを過ごしている。
周囲から見れば、救世主効果であのハングマンが心を入れ替え、何ならかなり物わかりの良いクールなナンバーツーになった、ということらしく、唯一の欠点(と、されていた)性格の悪さ(今思えば、そこまでじゃないと思うし)がなりを潜め、彼の人気は急上昇だ。
気がつけば後輩達に囲まれ教えを請われているし、元々悪くなかった上官達からの覚えはさらによくなり、あの時の打診を断らなければ今頃君が編隊長だったのに、なんて言われている。
そうだよ、なんで受けなかったんだ。
あのミッションを成功させたのは俺かもしれないが(広義の意味で)、ミッションを救ったのはやはり救世主であるハングマンだ。もちろん、すぐに少佐への昇進をオファーされたと聞いている。だけれど彼はそれを良しとせず、今も同じ階級、ジェイク・ハングマン・セレシン大尉でいるというわけだ。
『視界良好、異常なし』
『異常があるから、俺たちがこの任務についてるんだぞ、ルースター』
『決まり文句は言っておかないと』
『まあ、それもそうだな』
無線を二人だけのチューニングに合わせての交信。この時だけは、素直に(たぶんお互いに)自然な会話ができる。若手ばかりを引き連れた今日の作戦は、詳細を彼等には伝えてはいないからというのもあって、この回線を繰り返しつなげている。
今日こそもう少しどうにかしたい、と逸る気持ちを抑えながら、俺は会話を続ける。
『無人機の消失なんて俺達が調査に出る必要があると思うか? 小型機なんだろ?』
それに海を上から眺めたところで、と俺は作戦そのものにケチをつける。公海上空で交戦はまず考えられず、コストをかけた無人機が故障して墜落したことに納得できない開発サイドの自己満足だと思っていた。
『軍規違反もお家芸か?』
『違うって、ただの雑談だろ!』
はは、と短く笑ったハングマンの声が耳に届いて、俺はだらしなく顔を緩める。そうだよ、こういうの。俺はこういうのがいい。
『仮に無人機の消失だけが問題なら、それでいいが近くを民間機も飛んでいるからな。念には念をということだろう』
『まあ、それならわかるけど』
『このチャンネルだからって油断するな、全部記録は残されているんだぞ?』
『わかってるって』
あとで録音をいただきたいぐらいだからな。俺とハングマンだけの会話は今じゃ本当にレアなんだ。バーに二人で向かったとしても他の仲間達と同じひとかたまりになるし、食堂でもそうだ。
それに同部隊に所属となった盲点として、休日が合わないという致命的なデメリットがあった。良い感じの店とか、場所がかなり少ないリモアで、ちょっとしたところに彼を誘うには、やはり休日が必要になる。
ちょっとしたところに誘う理由は、まあ、その。
デートみたいなことができればいいな、という、そういう俺の今の心境というか。
それを実現させるためには同じ日の休日前夜、が必要だった。
というわけで、この一年の間、俺が彼を食事に誘ってもせいぜい隣の隣町までぐらいで、彼が「飯でも食うか」と言った時にはリモアから出ない。
当然。
周囲は「やんちゃな編隊長」である俺を知っているし、「アヴィエイターで一番美しく飛ぶ(美しき)救世主』のことも十分過ぎるほどに知っているので、まあ、その。
デートという雰囲気にはならない、というわけだ。
『どうだかな。ヒヨコ達の見本になるのも役目だぞ、編隊長殿』
『よしてくれ。おまえにこそこの役目は相応しいよ』
『まさか! 俺はそういう柄じゃない』
『マジな話だって』
『いや、俺は、そうは思わないが……と、ルースター、わかるか?』
ビリッとした何かに刺激された感覚。フライトスーツに身を包み、このまま脱出しても「ある程度はギリギリ生存する可能性がある」ぐらいの装備をしていても、スタンガンを一瞬当てられたような。
すぐに無線のチャンネルをヒヨコ達と母艦に解放する。
『連隊5機、すべてレーダーから消えています……!』
酷い雑音に混じって、聞こえた母艦からの唯一も通信がこれだった。何だって、機体を一回転させ、周囲の様子を探る。
俺と、一機分後ろを飛ぶ僚機ハングマン。
ヒヨコ達には団子のように固まって離れるな、という指示を出す。
雑談にうつつを抜かしていたかもしれないが、この変化に気付いていたら絶対にすぐにやめていた。本当に一瞬だ、ハングマンが警戒を発したその直前に、俺達は嵐に突入していたということらしい。
デキの悪い粘土細工のように渦を巻く分厚い、暗い雲からは稲光が見え隠れしていて、突風が四方八方から吹き付ける。絶対に飛行許可が下りないほどの、嵐だ。巨大ハリケーンとは言わないが、ドロシーをカンザスからオズの国に招待できるほどには、大きい。
『ルースター、二時の方向』
『通り抜けられそうか?』
渦を巻く雲の塊に取り囲まれ、機体の表面どころか翼をもがれそうな程の強い風にアウトオブコントロール一歩手前になるような状況ながら、ハングマンは冷静だ。
ここからの脱出ルートを見出したようだ。
たしかに、一機分がどうにか通り抜けられそうな雲と雲の合間の回廊のような箇所が見えた。まさに暗雲立ちこめるという最中に、明るい光がそこからだけは漏れていた。
『よし、最後尾は俺だ。トレール(単縦陣)!』
ヒヨコ達からの返答にも雑音が混ざりはじめるが、次々と俺とハングマンの前で縦列を取りはじめたので、内心でほっとしながら次の指示を出す。
あきらかに見たことがないぐらいの規模の稲光が目を焼きそうなほど強く瞬き、雲の塊から大きな手で異物である俺達を掴もうとしているのかのように見えた。
ビリビリと感じた痺れは、この強すぎる雷のせいで。
ということは、次に来るのが。
『雹が砲丸なみの大きさで、来るぞ……! 振り返らず、機体を維持することだけを考えて進め……! 母艦に着艦したら状況を報告するんだ!』
一機目が通り抜けたのが見えた。
良かった、と安堵したのも束の間、予想した通りの氷の塊が降り注ぎはじめた。機体を弾き、凹ませ、視界を奪っていく。エンジンの轟音を越える爆発にも似た雷鳴。
地獄だってもう少し、徐々に近づいてくるものじゃないのか?
何とか二機目、三機目も通り抜けた。
しかし、どうだろう。エンジンの片方がやられたようだ。くそったれ、何なんだ、気象局もJTWC(米軍合同台風警報センター)も何をやっていたんだ?
くそ、あとはハングマンだけなのに隘路はもうほとんど見えなくなっている。
ぶわっと全身の毛が逆立つ感覚、これを恐怖と呼ぶのを俺は一年と少し前に知ったばかりだ。失いたくない人を失いそうになるという強い焦燥に、俺はもう二度と耐えられる自信がなかった。失ったら自分が壊れてしまうかもしれない、と容易に想像できるぐらいには。
それぐらいなら、と思う気持ちは今も少しも変わっていない。
『ルースター、6時だ……!』
ついにモンスターだかエイリアンのご登場か、と茶化していないと泣きわめいてしまいそうだった。雲の中に闇が見えた。ブラックホールってこんな感じなんだろうか。宇宙軍に知らせるべきなんだろうか、あいつら何してんだ?
俺は。
俺はまだ、俺は何もハングマンに伝えてないことがいっぱいあって、俺はもっとおまえと色々な話がしたいんだ。
なあ、俺たちっていい感じになると思うだろ?
でも、それが無理なら。
わけのわからない巨大嵐に一緒に粉々にされるぐらいなら、俺はおまえを助けたいんだよ。だってさ、俺おまえがこの先どうなりたいか聞いてないから、やりたいことがあるかもしれないし。
その夢は叶えたいし!
『クソ……っ』
雹が大きさを増し、ありえないぐらいの音を立てて降り注ぐ。最強、最新鋭とは言わないが、それなりの装甲をしているはずの機体に明らかなダメージが蓄積されていくのがわかる。
ガラスに。
ヒビが入るほどの、雹害についてDARPA(国防高等研究計画局)は何の対策もしていなかったと見える! 俺は普段、こんなに人のせいにばかりするタイプじゃないけれど、もう怖くて仕方ないんだ。
俺は、いい。
俺はいいけど、ハングマンが。
俺の救世主がこんなところで……!
「……ふざけんなよ……っ」
雹が止んだ? 震えをどうにかこらえながらの状況把握で、俺は一瞬だけ、間抜けな顔をしたと思う。これで、終わりだ。もう大丈夫。
二人であの隙間を通り抜けて母艦に帰ればいい、あともう少しだ。
そんなことを考えた。
『今のうちに行くんだ、ルースター!』
『馬鹿野郎、何やってんだ……、ハングマン』
『おまえの機体はもう上昇できないだろ、限界高度だ、このまま抜けて脱出しろ……!』
ありえないけれど、引力が。
ハングマンはそう言った。
俺も明らかに推力への抵抗を感じていた。操縦桿への負荷が限界レベルで、ブチブチと小さい筋肉が切れていくような感覚すらあった。歯を食いしばって、どうにか限界までエンジンを回さないと。
後ろへ吸い込まれてしまいそうだった。
『ルースター、行くんだ……! 頼む、もう、もたない……っ!』
その声は聞いたことのない悲鳴で、俺はこの先の人生をかけておまえにこんな声を上げさせたくないと思った。俺は馬鹿なんだ、ノロマで、鈍感で、何も気付いていなかった。
俺はおまえに笑っていて欲しいし、俺とおしゃべりして欲しい。
俺をかばってブラックホールに飲み込まれてなんか欲しくないし、そっちへ行くなら、俺も一緒だ。
そうだよ、俺も一緒に行くぞ、ハングマン。
『ルースター……っ!』
俺がハングマンの庇護から抜け出そうとした、その瞬間。
さらに悲痛な声を残し、ハングマンの愛機はまるで紙っぺらか何かになったように、後ろへと上になり下になりしながら、真っ暗な闇に引きずり込まれてしまった。
俺は何を叫んだかわからない。
彼の名前であったらいい。
それが彼の耳に届いていればいい。
それだけを祈りながら、わけのわからない引力に逆らうのをやめて、そのまま頭から突っ込んでやるぞ、とどうにか機体を反転させる。
すでにハングマンの姿はどこにもなく、轟音と、蜘蛛の巣のように張り巡らされる雷光と、その闇があるだけ。
俺は覚悟も何も関係ない、すぐにでも彼の元へ駆けつけなければならないその一心で、その謎の暗闇に向けて余力をすべて注ぎ込んだ。
なあ、ハングマン。
俺はおまえを、絶対に一人にしない。
だからおまえも俺を一人にしないでくれよ。
頼むから。
俺からもう大切なものを、奪わないでくれ……!
(To be continued……)
プロットにおける「起」までいったんアップしました……!
もうちょっとだけお待ちください💦💦💦