Howdy! Darling

Good morning baby!

#ルハ同じシナリオで小説企画 

「……なんだよ」
 ぽつりと呟いた声が思いのほか寂しげに響いたのに自分で驚いて慌てて口を閉じる。数秒待ったが、隣ですうすうとやけにかわいい寝息を立てている男に変わりはなかった。
 昨日の夜、何時に起きるかと聞いたら「何時でも……」とけだるげに返されたのを覚えている。その時俺は彼を腕の中に抱き込んでいたし、額にキスをしながら問いかけたのも覚えている。
 彼は。
 昨日まではこんな風な朝を迎えるとは思っていなかった、彼は。
 ジェイク・セレシン。俺の腐れ縁、同僚、ライバルだった男で、少し前に救世主の肩書きが増えて、ついに昨日の夜9時38分から「恋人」の形ですべてを包み込んだと思っている。好きなんだ、と伝えた声が必死で無様だったので思い出すと頭を抱えたくなるけれど、それでも。
 奇遇だな、俺もだ。
 そういつものように皮肉めいて、でもその陶器のようにつるりとした肌が見たことがないくらいに鮮やかに(コーラルピンクに見えた)染めていたので俺は「何度も」夢に見たように「何度」もキスをした。おしゃべりの合間に唇を合わせて、瞼がからみあってしまいそうな程近くで見つめあって、最高の夜を過ごした。
 それなのに。
 なんで、彼は、ジェイクはこちらに背を向けて、丸まって眠っているんだろう。
 寝相の問題だってことぐらい頭ではわかっていても、いつ腕の中からすり抜けてしまったのかと思うと、面白くなかった。目が覚めた瞬間に見つめ合っておはようのキスが必要だと思った。
 それが今朝しかない一瞬なわけで。
 まあ、そんな理由で起こすのもさすがによくないし、どうしようもないんだけど。
 ため息を飲み込んで、俺はそっとベッドを抜け出すことにした。その背中を今にも指でつついてしまいそうだったから。我慢のできない思いやりのない男だと思われるのは、さすがに困る。
 俺はノロマで鈍感だけれど、身勝手ではないからだ。
 たぶん、そこは大丈夫だよな?

 ジェイクの家の洗面台は一人暮らしにしては少し広くて、鏡がかなり高い位置まである。何度か訪れるたびに、女優の家みたいだとからかったこともあったが(こういうことをしていたから、時間がかかったのだ、色々)未だに替えのタオルの収納場所がわからない。
 俺がソファで眠ったというのであれば泊まったことはある。その時の俺はただの客なので、その大きな洗面台の横には俺用のタオルだとか歯ブラシだとか、一式用意されていたのだ。だから、今日は場所を聞いてから顔を水で濡らすべきだったのだけれど。
 そのことに気がついたのは、勢いよく流した水をびちゃびちゃ跳ねさせながら、髪とかタンクトップをこれでもかと濡らしてしまった後のことだった。
「やべ……」
 昨日のシャワーの時に借りたバスタオルはもう洗濯機の中だ。さすがに人の家の洗濯機の中から洗う前のタオルを引っぱり出すというのは百年の恋も冷めるやらかしだ。
 タンクトップで拭いたほうがましだな。
 でも着替えを持ってきていないんだ、今日は。
 俺は勝算がない戦いにいどまないという臆病なタイプではない。それでも、シミュレーションはパターンDぐらいまで考えていたし、今夜どうにかしないとという焦りもあった。
 そんな中で、今夜はもう無理だと泣きそうになりかけたところで、抑えきれずに出てしまったというのが正解で、正直言えば奇跡のようなものだった。何しろパターンAからDまで成功例のシミュレーションができていなかったからだ。
 つまり最終的には夜にこの家から追い出される、もしくは飛び出す、の二択になるだろうと思っていたので、着替えも何も持ってきていないというわけだ。
「……うぅ……」
 タンクトップの一枚や二枚すぐに乾くとは思うけれど、目を覚ましたジェイクの前で少し格好がつかなくなるのが、問題だ。
 情けない声で唸りかけたところで、
「おまえ顔洗うの下手すぎ」
 後ろからご機嫌な声がかかった。
 あちこちを濡らしたのをごまかすこともできずに(当然床も濡れている)振り向くと、俺の間抜けな姿を見たせいなのか、よく眠れたからなのか、嬉しそうににんまりと笑っているジェイクの姿があった。
「……かわいいな」
「朝から寝言か」
 フンと鼻を鳴らしたジェイクは手に持っていたふかふかのタオルを俺に押しつけるようにして、どけとばかりに俺を洗面所から追い出そうとする。
 え、夢じゃなかったよな?
 昨日のあれ、まさか俺の夢だった?
 そう一瞬思ったけれど、耳の先がやっぱりきれいなコーラルピンクに染まっていたので、照れ隠しであることが判明した。ああ、良かった。
 さすがに夢オチだった場合のシミュレーションは立ててない。
「タオルはどこに置いてあるの?」
「俺が出すからいい」
「教えといてよ」
「やだ」
 なんでだよ、やだって言わないで、と唇を尖らせても廊下にいるのでジェイクには見えない。
「俺のルールがあるからだ」
「覚える」
「そんな余計なことに頭使うな」
「余計なことじゃないってば」
 おまえが寝込んだ時の看病にだってタオルは必要だ、と力説しているとジェイクがこちら側に顔を出してくれた。キスしていい? 
「顔、クリーム塗ってやろうか?」
「塗って」
 これは今まで泊まった時にはなかったことだ。俺はすぐに機嫌を直して、はしゃいだ犬のようにジェイクにじゃれつき、顔を近づける。キスは?
「……これ塗ってからだ」
 ふふ、おまえの顔、かさついてたからな、昨日。
 そう言いながらジェイクは俺の両の頬と鼻先、額、あごにクリームをちょんちょんとつけて、指先でゆっくりと伸ばしてくれた。
「え、待って、ジェイク……おまえ、ちょっとかわいすぎ……」
 目を細めて、間抜けな俺の顔を見つめながらだ。
「何が?」
「無意識、ですか?」
「だから、何がだ」
 本当に意味がわからない、というように目を丸くするので俺はもうなんか、どうしよう、どうにでもなってしまえな気持ちになり、キスがしたいともう一度ねだることにした。
 するとジェイクはわざとらしい咳払いをすると、
「10分ででかける仕度できるか?」
「追い出さないでよ!」
 ジェイクは即答した俺に「ばぁか」と世界一かわいく詰って、最高の朝食を食べに行くんだ、とそれはそれは幸せそうに笑ったのだ。
 これは今までとまるで違う朝だ。
 背中を向けて寝ていたからって何だっていうんだ。彼は、ジェイクはこんなにも俺のことを。
「5分で行ける」
「じゃあ、キスをしてやろう」
 少しだけの背伸びに気がついているのだろうか。俺が後頭部に手を当ててキスを深くすると、少し薄目を開けて、うっとりして喉を鳴らしてくれるのも。強く抱きしめると、良い子とでも言うように舌を吸ってくれるのは計算通り?
「……ああ、くそ幸せ」
「Laaaaanguage!」
「だって、だってさ……!」
 朝は、ちょっと寂しかったんだ、と「最初が肝心だから」という謎のエクスキューズの後伝えると、ジェイクは二度ほどゆっくりと瞬きをしたあとで、
「エアコンの導入を考える」
「え?」
「おまえ、体温高いんだよ」
「そ、それだけ?」
「それ以外に何があるんだ」
 あきれ顔のジェイクに俺はぽかんとした間抜け面を晒すことになってしまったが、そういうことならば、エアコン代は半分出すから今日買おう。基地の誰かに頼めばすぐつけてくれるよ、なあ、今日つけよう。
「人様に迷惑をかけるな、ばーーか!」
 少しも怒っていない、悪戯っ子のような顔で嬉しそうに子供のような悪態(嫌味と皮肉のレパートリーはあんなにあるのに)を返すジェイクは、本当にご機嫌だ。俺はもらったタオルで水気をしっかりと拭き取ると、すぐさまどこかにあるはずのアロハシャツを回収するために、寝室に戻った。

「……ジェイクってなんか、すごく……自然にその、あれだよな?」
 昨日の夜9時38分から恋人になった俺達は、手をつないで歩いている。当たり前のように、ジェイクが俺の横に並んで手をつないでくれた。
 だからやっぱり夢なんじゃないかと思ってしまう。
「そりゃそうだろ」
 涼しい部屋になったらくっついて眠ってくれるらしいし、キスだってほら、すごく、良さそうだったし。
 かわいいことばかり言うし、どこまでも俺に都合が良い気がしてくる。
 そりゃそうて言うけどさ。
 どうなんだよ。
「奇遇だって言ったろ?」
「あ、ああ」
「奇遇だな、俺もだ。俺もずっとおまえとこうしたかった」
 フルセンテンスだとこうなるんだ、とジェイクはそれはそれは晴れやかに笑って、ぱちりとこれ以上ない魅力的なウィンクを寄越した。完全に被弾、フレアは間に合わないし、邪魔はさせない。
 ああ、最高だ。
「イチャつこう!」
「だから、車じゃなくて30分も歩いてるんだ、おまえは鈍すぎる」
「ごめん! 頑張る!」
 ぎゅっと握る手に力を入れると、ジェイクは目を細めてこちらを愛おしそうに(そう見えたからそうなんだ!)見つめた後、
「ばぁか」
 と、言って頬にキスをくれた。
 俺は甘やかし過ぎだと思うが、甘やかされておきたかったので、えへへ、とやんちゃ坊主の照れ笑いをした後、おはよう、と今さらながらの、でも大事な挨拶をして、唇に最高に甘いキスを送った。

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